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<<   作成日時 : 2015/10/12 07:21   >>

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無蓋貨車10号車



 無蓋貨車は、自動車輸送が発達していない時代にあって、レールや砂利、枕木等の重量物を大量に運ぶために製造された。
 社営時代に、中区山下町西の橋から隧道を掘って山を越え、本牧原へ路線を延ばすにあたり、北方町にあったキリンビール山手工場の製品輸送を担うこととなりました。千代崎町停留場付近から会社構内までの貨物専用線を約120m敷き、西の橋脇の船着場に併設した貨物駅までの輸送を始めたのが、大正2年(1913年)のことです。当初は有蓋貨車2両でしたが、その後、無蓋貨車を4両追加し、最盛期には6両をあてるほどの活況となりました。
 しかし大正12年(1923年)9月に起こった関東大震災により、レンガ造りのキリンビール工場、事務所は火災によって焼失し、企業は生麦にその生産拠点を移すことになります。
 ビール輸送の目的はなくなったものの、一転して震災復興になくてはならないものとなります。大正14年(1925年)には無蓋貨車7両を製造し、震災による被害を免れた7両と合わせて14両の無蓋貨車がフル稼働しました。復興後はトラックも普及して貨車の出番が徐々に少なくなっていきましたが、先の太平洋戦争で傷ついた市電軌道を修理するために再び活躍することとなりました。
 昭和23年(1948年)10月、300型の改造車として有蓋貨車21〜23、無蓋貨車8〜10がここ滝頭工場の裏手にあった横浜車輌で製造されたという記録が残っています。
 この無蓋貨車10号は、まさにその車両の1つで、長さ7.9m、幅2.35m、荷重5t、大正時代の姿を残した車体には、中央にポール柱を兼ねたクレーンが備えられているのが特徴です。レール、枕木、バラスト、石炭輸送等に使われ、またお祝いごとがあるたびに走らせた「花電車」もこの無蓋貨車に装飾を施したものです。昭和47年(1972年)4月の市電全廃まで活躍しました。
英二第二
横浜市電は、日本の鉄道開業(日本初の鉄道路線である新橋駅 - 横浜駅(現桜木町駅)間が、明治5年9月12日(天保暦、翌年から採用されたグレゴリオ暦では1872年10月14日)を開業)から32年後の1904年(明治37年)7月15日、横浜電気鉄道として開業以来、1972年(昭和47年)3月31日まで、通算70年間、明治、大正、昭和と3つの時代を浜っ子の喜びや悲しみを乗せて走り続けてきた。
その姿を永久保存している「横浜市電保存館」を訪れた。
解説より


2015年9月26日
横浜市磯子区滝頭3-1-53


関連

Yokohama Tramport Museum 横浜市電保存館探訪
http://hamabra2.at.webry.info/201510/article_3.html

Yokohama Tramport Museum 横浜市電保存館 市電体感コーナー
http://hamabra2.at.webry.info/201510/article_6.html








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無蓋貨車10号車 外観


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