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zoom RSS Picture tile 絵タイル 野毛山ノーエ節

<<   作成日時 : 2015/09/13 02:13   >>

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野毛本通りの絵タイル 「野毛山ノーエ節」


 『ノーエ節』 は、横浜開港直後の文久年間(1860年代)に庶民の間で自然発生的に生まれた歌

横浜港は安政6年6月2日(太陽暦で1859年7月1日)に開港された。


2015年9月12日
横浜市中区



日本最初の流行歌

 「横浜をテーマにした流行歌は500以上あると言われているんです。」と、優しい口調で斉藤さんは話し始めました。

 「その一番初めが『ノーエ節』なんです。『ノーエ節』は日本の流行歌のルーツでもあるのですよ。」

 斉藤さんにご用意いただいた純正 『ノーエ節』 のテープを聞かされて、私は思わず「エッ!これ学生時代に替え歌で歌っていましたよ」と叫んでしまいました。

『ノーエ節』 文久年間
(代官山節または野毛山節ともいわれる)

1.

代官山からノーエ
代官山からノーエ
代官サイサイ
山から異人館をみれば
ラシャメンと二人でノーエ
ラシャメンと二人でノーエ
ラシャメンサイサイ
抱えて 赤いズボン

2.

代官山からノーエ
代官山からノーエ
代官サイサイ
山から蒸気船をみれば
太い煙突ノーエ
黒い煙りがノーエ
黒いサイサイ
煙りが 横に出てる

3.

秋の演習はノーエ
秋の演習はノーエ
秋のサイサイ
演習は白黒二軍
白黒二軍はノーエ
白黒二軍はノーエ
白黒 サイサイ
二軍は 演習が終わる

4.

野毛の山からノーエ
野毛の山からノーエ
野毛のサイサイ
山から異人館を見れば
鉄砲かついでノーエ
鉄砲かついでノーエ
お鉄砲 サイサイ
かついで 小隊進め

5.

オッピキ ヒャラリコ ノーエ
オッピキ ヒャラリコ ノーエ
オッピキ サイサイ
ヒャラリコ 小隊進め
チーチー ガタガッテ ノーエ
チーチー ガタガッテ ノーエ
チーチーガ サイサイ
ガタガッテ 小隊進め

「そうなんです。この曲は日本各地に広がり、替え歌として今でも多くの方々に口ずさまれているんです。」
「この曲はどのようにして生まれたのですか。」

 『ノーエ節』 は、横浜直後の文久年間(1860年代)に庶民の間で自然発生的に生まれた歌です。横浜の野毛山(代官山)から眺めた外国人居留地の様子を風刺を込めて歌っています。


※横浜市西区のホームページで野毛山節の一部を聞くことができます。

第一回 『ノーエ節』 庶民のしたたかさと時代感覚@Yokohama now より
http://yokohama-now.jp/home/?p=74


文久@Wikipedia

文久(ぶんきゅう)は、日本の元号の一つ。万延の後、元治の前。1861年(文久元年)から1864年(文久4年)間での期間を指す。この時代の天皇は孝明天皇。江戸幕府将軍は徳川家茂。





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