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zoom RSS Shichikokuyama Lateral hole Tombs 七石山横穴古墳群 <横浜市栄区>

<<   作成日時 : 2014/09/15 09:07   >>

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文化財探訪で横浜市栄区にある七石山横穴古墳群を訪れた。

前回の探訪では、通りひとつ左側を探索し、未探だった。


文化財
・横浜市登録地域史跡
 七石山横穴古墳群


2014年9月13日
横浜市栄区小菅ヵ谷1-2


関連

横浜市域文化財 11 史跡 -2-
http://hamacul.at.webry.info/201406/article_21.html




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根岸線の隧道を通り、北側へ進むと
突き当り右側に古墳群があった。


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文化財説明版


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説明

横浜市地域史跡
七石山横穴k糞群


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古墳群入口(閉鎖)


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古墳群を見上げる


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横穴が吹き抜けたか?





七石山横穴墓群

七石山横穴墓群(しちこくやまおうけつぼぐん)は、神奈川県横浜市栄区小菅ヶ谷1-2丁目にある横穴墓群。11群140基以上あったいたち川流域横穴墓群の1支群である。100基以上あったとみられ、正確に調査されているだけで43基存在したが、現在は4基ほどが線路北側に残るにすぎない。

概要
1967年に根岸線敷設工事に伴い、横浜市郷土研究会会員の千貝幸之助(ちがいこうのすけ)により存在が通報され、1968年、1970年、1972年に発掘調査が実施された。
いたち川流域をはじめとする南関東の丘陵部辺縁には、掘削しやすい土質の傾斜が多く、横穴墓が多く築造された。特徴は近隣の地名をとって鍛冶ヶ谷式とよばれる。アーチ型の断面で、よく発達した玄室の奥に小型の奥室をもつ復室構造であること、羨道は存在しないか、またはかなり退化していることが挙げられる。人骨のほか、土師器須恵器類、勾玉管玉類、鉄剣鉄刀類、耳鐶などが出土している。年代観としては古墳時代終末期から奈良時代までに幅広く編年され、継起的に造営されたことを伺わせる。この地域の有力首長層、富裕農民層らの墳墓と考えられている。

参考文献
『横浜市戸塚区七石山横穴古墳群及滝ケ久保横穴古墳群の調査』七石山遺跡調査報告書1(横浜市文化財研究調査会、1969年)
『長谷久保遺跡・七石山横穴群』明星大学考古学研究部研究報告第1集(明星大学考古学研究部、1980年)

七石山横穴墓群@Wikipediaより
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%83%E7%9F%B3%E5%B1%B1%E6%A8%AA%E7%A9%B4%E5%A2%93%E7%BE%A4









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