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zoom RSS Gateway of Tsurumi River 鶴見橋関門旧跡 <横浜市鶴見区>

<<   作成日時 : 2014/09/02 23:42   >>

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文化財探訪で横浜市鶴見区にある鶴見橋関門旧跡を訪れた。



鶴亀橋は、江戸時代初期に「三ツ澤豊顕寺道」の途中に架けられた木橋だった。
1986(昭和61)年に川は暗渠化され、一帯は「三ツ沢せせらぎ緑道」に整備されたため、
橋跡に青銅製の擬宝珠のみが遺されている。
この擬宝珠には「寛永四年(1627年)」の銘がある。



文化財
・横浜市登録地域史跡
 鶴見橋関門旧跡


2014年9月2日
横浜市鶴見区鶴見中央2



関連

横浜市域文化財 11 史跡 -3-
http://hamacul.at.webry.info/201406/article_22.html




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鶴見橋関門旧跡


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説明



鶴見橋関門旧跡
 安政6年(1859)6月、横浜開港とともに、神奈川奉行は、外国人に危害を加えることを
防ぐため、横浜への主要道路筋の要所に、関門や番所を設けて、横浜に入る者を
きびしく取り締まりました。
 鶴見橋関門は、万延元年(1860)4月に設けられ、橋際のところに往還幅四間(約7メートル)
を除き 左右へ杉材の各柱を立て、大貫を通し、黒渋で塗られたものでした。
 文久2年(1862)8月、生麦事件の発生により、その後の警備のために、川崎宿から
保土ヶ谷宿の間に、20か所の見張番所が設けられました。鶴見村には、第五番の番所が
鶴見橋際に、その出張所が信楽茶屋向かいに、また、第六番の番所が今の京浜急行
鶴見駅前に設けられました。
 明治時代に入り世情もようやく安定してきましたので、明治4年(1871)11月、各関門は
廃止されました。なお第五番・第六番の御番所は、慶応3年(1867)に廃止されています。
    昭和63年3月  鶴見区役所


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